YPYのサウンドに触れる度に感じる「計算された偶発性」の所以はどこにあるのか。2016年にEM RECORDSよりリリースし、その名を世界に知らしめたアルバム「ズリレズム」や、自身が率いるインストゥルメンタルプロジェクト”goat”。それらプロダクションと比べ、今作で特筆される”恒常性を持ったリズム”と”絞った速度”。軸となるビートの固定は、シンセサイザーのアメーバのような突然変異を露出させる。2020現在のダンスミュージックシーンにおいて鍵のひとつとなっているスローテクノの領域に踏み入れながらも、クラブにおける鳴りだけを意識せず、マシンそのものの出音をありありと感じさせる西川文章氏が手掛けたマスタリング。ドラムマシンの生々しい弾力、予測不能に波打つシンセサイザー。アナログマシンの動物的な変化と迫力をダイレクトに感覚できるのがこの「Compact Disc」なのだ。生き物で節をつけ、生き物で旋律を描く。マニュアル化≒ダンスミュージック化し得ない対象物を操縦することで生まれる”偶発性”。クラブサウンドシステムで彼の”低速の解釈”に身を委ねるにも、ヘッドホンでじっくりとYPYサウンドを紐解くにも適した重要作品。Akie(Newtone records)
真っ先に思い浮かんだのは、YPYこと日野浩志郎氏の目だった。しなやかで凛とした目蓋と真直な眼。じっと見つめる先にあるのは、卓上に並んでいる氏が演奏する数台のハードウェアと、その少し上の空間に何層にも配列されたリズムパターン。レイヤー、レイヤー、またレイヤー。リズムを刻む素朴な音の帯が、次第に束になって少しずつ奥行きを増してゆく。それでも、卓越したダンスミュージックには聴者が身を置くことのできる隙間がある。そこに入り込んで、音の形跡を身体で追うことができる。『Compact Disc』に収められた6曲は、以前よりも明らかに、純粋な推進力を持ったリズムで構成されている。しかし確かに隙間に立って、それぞれ異なる音の形跡を追っていると、段々と揺れが生じていることが解る。その差は僅か。他者がどのレイヤーのどのリズムパターンを主として受け取って、頭を前後に揺らすのか、肩を横に揺らすのか、腰を下に沈めるのか、はたまた上に飛び跳ねるのか、という絶妙なギャップである。精細に追うなれば、数秒後には脳が痙攣を起こしたような状態になり、自然と没入行為へと移っていくので、ひとつ気をつけて欲しい。そして本作を聴いて数回が経つ頃には腰を抜かす。この6曲が、ライヴ由来の“生々しさ=狙い過ぎないこと”で引き起こされるユニークな偶然にどこまでも深く入り込んできた氏だからこそ、必然的に生み出せるフリーキーなダンスミュージックだと気付かされた時の感動で。そう、『Compact Disc』までの氏のプロセスが最早、弛まない作り込みを超える、“私たちをフリーキーにさせる巧妙さ”を成しているのである。Romy Mats / Hiromi Matsubara (解体新書)
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